松本旅行記 その1
「熱ぃ」
思わず心の声が喉を通って外へ出た。
時計の針は午前10時を回ったところだ。
照りつける日差しにうんざりしつつも、その足取りは軽い。
背中に長野銀行という文字と、12の数字がプリントされた緑のサッカーのユニフォームを身に纏い、最寄駅へ向かう。
道行く人はこの服装を見てどう思うか。
そんな事を考えながら歩いて行くと、あっという間に駅へ着いた。
新幹線も通るターミナル駅は、土曜日ということもあり、たくさんの人でごった返していた。
慣れた手つきで検索ワードを打ち込むと、そのワードに沿った動画が一覧で並んだ。
その中の1番上を押す。画面が切り替わり、少し間を置いてから動画は再生された。
たくさんの緑のユニフォームを着た人達が、飛び跳ねながら歌っている。
思わず口ずさみそうになるのを堪えて、頭の中で歌う気持ちで動画を見つめる。
段々と、自分がその場にいるような錯覚に陥りそうになって、降りる駅に着いたことに気付き慌てて降りる。
たくさんの人を掻き分けながら、4つ隣のホームへと歩く。
ホームへと登るエスカレーターに次々に乗る人は、他のホームとは違い、明らかに遠方へ行く人達の身なりであった。
自分もその1人である。
エスカレーターを降りると、既に右手に白い車体の真ん中にカラフルな模様を施した特急車両が止まっていた。
あまり時間がない事を改めて確認し、慌てて駅弁屋に並ぶ。
お昼時の長旅。そんな時は決まって駅弁を買う。
前に並ぶ人が会計にもたつくのを、少しだけ苛立ちながら待ち、ささっと会計を済ませ電車に乗り込んだ。
数分後に電車は金属音を軋ませながらゆっくりと動き出した。
都会のビル群を縫うように、電車は西へと向かう。
今日これから起こる事を楽しみに思いながら、流れる車窓の景色を見つめた。
目的地に着いたのは出発してから2時間半が経った頃だった。
田んぼの先に連なる山々を、少しずつ建物が隠していき、やがて電車は速度を少しずつ落とし、ホームへと緩やかに止まった。
ホームへと降り立った時、耳元には懐かしいアナウンスが流れた。
「ま〜つもと〜 ま〜つもと〜」
独特のイントネーションで告げられた目的地は、信州松本である。
ここに降り立つのは久しぶりというわけではない。
毎年ツーリングで訪れる場所ではあったが、鉄路で来たのは数年ぶりだ。
鉄道旅独特の、電車を降りた瞬間のその街の空気が、どこか懐かしく心地よい。
改札を抜け駅を出る。
雲ひとつない澄み切った高い高い青空。
通りのビルの隙間から見える美ヶ原の山々。
辿り着いただけで満足感が支配しそうになるのを堪え、予約した宿へと向かう。
チェックインを済ませ、部屋へ入り荷物を置き一息付く。
ベットに横たわり、これから向かう場所への思いを募らせつつ、予定を頭の中で組み立てていく。
あれもしたい。これもしたい。
そんな事を考えてる内に、柔らかなベットと間接照明の薄暗さが相まって、睡魔が襲って来た。
出発まで時間はある。
それを確認し、アラームをセットしてからそう時間が経たない内に、意識は遠のいていった。
松本旅行記 その2へ続く